雲柱社(うんちゅうしゃ)という名前は、
聖書の「雲の柱」という言葉に由来しています。
今から約3500年前、イスラエル人は被圧迫民族としてエジプトに住んでいました。イスラエル人でありながら、たまたまエジプト王宮で育てられたモーセに向かって、神は「乳と蜜の流れる郷」カナン(現在のパレスチナ)に彼らを導き出すように命令されました。
こうして紅海を渡り、40年に渡ってアラビアの砂漠をさまよう民族の大移動が始まりました。しかし、その間に、偉大な神の愛と正義を示す、さまざまな奇跡が彼らの行く先々で起こりました。そのとき神は「彼らの前に行かれ、昼は雲の柱をもって彼らを導き、夜は火の柱をもって彼らを照らし、昼も夜も彼らを進み行かせられた」(旧約聖書 出エジプト記 13:21-22)と、聖書には書かれています。
賀川豊彦は、神がこの世を導かれる雲の柱のもと、いろいろな仕事をしてきました。
1922年(大正11)年から戦争の直前まで出していた雑誌に「雲の柱」の名前を用い、また彼の社会に対しての施策や事業を支える法人として、雲柱社を設立しました。